言葉と写真が語りかける

飯能・AKAI Factoryで開かれている写真展「流転」と、
そこで行われていた
写真家 中筋純
歌人  三原由起子
詩人  宮尾節子
さんたちのトークショーと朗読へ。

写真は先日拝見していたのですが、
浪江町出身の歌人三原さんの研ぎ澄まされた言葉と、
飯能在住の詩人宮尾さんの愛ある言葉で、
より深く写真が体に入ってきた感じがしました。

アーティストが作品を語るのは好きではないのですが、
中筋さんの言葉は、やっぱりリアリティがあって、
写真からのイメージと、
言葉からのイメージと、両方受け止められてよかったです。

福島とチェルノブイリ、両方を対比させる挑戦的な写真展。

ずどんと重い中にも、絶対的な美しさがあって、
短歌も詩もそうだけど、
残酷な事実をアートによって再構築することで、
やっと 飲み込める。
だけど、飲み込んでいるだけじゃダメで、
それを美化せず、また別の表現へ昇華しなくては、
この現実は一ミリも変わらない。

そんなことを突きつけられる時間でした。

 


人の行き交う溜まり場

めずらしく心もやもやな数日で、
やらねばならぬ事もペンディング状態のまま、
ちょっと発酵させようかな〜とあちこち逃げていたのですが(笑)

今日は中年楽団チラシの配布にご協力いただいているKさんとの追加チラシ受け渡しで、にこにこハウス(飯能の福祉作業所併設食堂、かな?)にようやく行けて、
普段食べないカツカレーをいただきながら、なんだか泣きそうになってました。

にこにこハウスは私がいろりばたで実現したい、いろんな人の行き交う溜まり場になっていて、
なんというか、お店にエネルギーの動きがあって
(カフェで一人頭の整理をするときには、「空気の動かない」しんとした店が好きなのですが)
お店に来る人にもどんどん紹介してくれて
(最近、自己紹介に困る自分の業務雑多ぶり・・・)
スピードとか、効率とか、経済とか、という尺度とはちょっと違ったリズムでその場が回っていて、
とても居心地がよかったのです。

みんなが喜んで働いていて、
お話するだけでふわっとした気持ちになって、
なんか、ルーティーンで働いてる人たちと全然違う。

私は最近、むしろ舞台に携わる人たちの視野の狭さに勝手にイライラしていたのですけど、
自分がここ数日思っていた違和感やもやもやは、この場で、すぅーっと消えていったのでした。

と同時に私は、表現は慈善活動ではなく、経済活動としても、
「プロのアーティストがアートで食っていけない世界なんてまずい」
むしろ「アーティストが健全に稼ぐ事から逃げてはいけない」
とも思っているので、
その覚悟のある人たちと共に、ちゃんとそのクオリティを上げていきたいと思うのでした。
経済や競争とは真逆の世界に思えるこういう場所から、むしろそういう意欲をいただけたのが、ありがたかった。
それでも、いつか貨幣経済なんて軽々超えてしまいたい。

元気のでるごはん、また食べにいきます


本当にこわいのはなんだろう「標的の島 風かたか」を観る

「標的の島 風かたか」という映画を見てきた。
風かたか、は沖縄の民謡の中にも歌われていて
「風除け、防波堤」という意味だそうだ。

沖縄の基地問題といえば、とりあえず思い浮かぶのは、
連日ニュースになっていた辺野古の新基地建設、
高江のオスプレイのヘリパッド建設。

だけれど、宮古島と石垣島にも、自衛隊の配備と、そのためのミサイル発射基地建設が計画されていて、映画は、その4地点それぞれの様子が、並列に進んでいく。

というか、4ヶ所も基地問題で揉めてるの、知らなかったよ!!
そして、それはそれぞれ単独の計画ではもちろんなくて、
米軍の対中国戦略として、島々に基地を置き、仮に中国からの攻撃を受けた際には
自衛隊は(米軍は、じゃないんです)その島々を戦場として戦う。

島々が、攻撃の標的となり、防波堤となる。

(さらには映画ではちょこっとしか触れてないけど与那国、奄美にも自衛隊配備して
とにかく島を網羅して防波堤を作るって話)
というショッキングな計画だった。

それぞれの地に生きる人たちの怒りと闘いの中で、ひときわ丁寧に描かれているのは、
島の芸能、地域の秘祭や、エイサーの風景。
それどころか、選挙に勝ったと言っては踊り、
ゲートの前の座り込みでも、伝統的な三線の日には三線をかき鳴らし、舞う。
それを機動隊が止めて排除をしていく。
その悲しさを、彼らはまた民謡で歌う。

とにかく、嬉しいにつけ悲しいにつけ、芸能がしみついている。
いつでも芸能が共にある姿が、抗議行動での戦争のような光景と対比されて、美しくて面白くて、すばらしかった。
ここは闘いの島、みたいに言われているけれど、芸能の島だ。

抗議行動の中で、機動隊にも真正面から向き合って訴え続ける地元の人たち。
全国各地から送り込まれた機動隊の、仮面をかぶったような若者が、おじいおばあを排除していく様子。
母親たちの声も聞かず、今流行りの国への「忖度」を進んでしちゃう地方議会。
国を変えることよりも、私たちこの地方議会をなんとかしなくちゃいけないんじゃない?と思うような思考停止状態っぷりに、これ、たぶん他人事じゃない、と思いました。
本気で、うちの市でも起こりそうなことが、映画の中で起こってました。

映画の後、怒りと悲しみでいっぱいになって外へ出てみれば、
新宿の街を行く人たちの顔がみんな、あの「機動隊の若者たち」の顔に見えた。
「自分で考える」ということをやめている顔。
そうしなければ自分のいる世界で生きていけないんだよ、という無表情。
それが一番怖かった。


偏っていること、フェアであること

地元で開催されたふたつの政治的な講演会に顔を出す。
とは言っても、政治家のそれではなく、同じ年代の、独自の活動をするふたり。
そして主催は、どちらも地元の志あるイベントを丁寧に作っている、オーガニック系のカフェ。
こういう場で、政治の話を聞けるというだけでも、なんだか本当に貴重だなと思います。

午前中は、ブロガー座間宮ガレイさんの選挙お勉強会。
選挙に関心のなかった彼が、震災後から政治に関心を持つようになり、
山本太郎さんはじめ、いろんな候補者の応援をしてきたけれど、
今は、政治に無関心ではないけど詳しくはない「おっかなびっくり層」(彼の造語)に向けて、
データの読み方や新聞の読み方を通じて、偏らないフェアな視点で政治について関心を持ってもらうというスタンス。

それでも、けっこう内容は詳し目で、私の周りのほんとーうに関心ない人、理解できるかなあ?とちょっぴり不安。
とはいえ、ヒントになる話はたくさんありました。

トランプがなぜ勝てたのか、ヒラリーとの選挙の戦い方の違いの話には、学ぶものがたくさんあるし、(ヒラリーが大集会ばかり開いたのに対し、トランプは小さな会合を各地でたくさんひらいたのだというような話)
選挙がっつり興味ある人たちに向けてではなく、「ふつうのひとたち」の興味を引くには、コミュニケーションする余白があることを感じさせるチラシや会場選びやアピールが大事、という部分は、まさにです。(信条に熱い人たちの「これが正しいんだ」攻撃は私も少々食傷気味)

なんですが、やっぱり本人のスタンスが見えにくいのはもどかしいというか、
大きな視点で世界を見たときに、今どう見えているのか、その大きな流れを根拠を示してもらって聞きたかったなと思いました。
なんというか、データの各論ばかりで総論がみえないというか。
とはいえ、思想信条に固まった人たちからは聞けない言葉が多かったので、全体を見渡す力と、それをやわらかく翻訳する力のバランスが合うと強力だなと。

午後は、脱原発、辺野古基地反対座り込みなど様々な反戦平和活動を繰り広げてるベジタリアンのAKOちゃん。知り合いではありませんし、中年男性ですが、AKOちゃん。
パッチワークされた手製の服はパッチワークすべてに過激なメッセージやスローガンが書き込まれており、風貌も仙人か?というようなスタイルで、一目見たら引く過激さ・・・

語り口はやわらかく愛に満ちているけれど、思想は非常にはっきりしていて、しかも情報や数字もはっきりしている。表には出てこないけれど、裏付けのある情報だということがちゃんと分かる。

あれ?わかりやすいかも・・・とだんだん引き込まれていきました。
彼の意見には賛成できることも反対なことも疑問なことも保留なことも私の中にはいっぱいの反応があって、それは、彼がはっきりとスタンスを打ち出したからこそ、私の中に沸き起こったのだということ。

そして、自分の意見が正しいと言っているのではなくて、「ぼくはこう思う」を打ち出し、他人の意見の違いを認めているので、AKOちゃんはいわば「偏ってるフェア」な人物。

なんだ、偏っていることとフェアって、同居できるんじゃん。
というのがその日の大きな学びでした。

立場を明確にせずにデータをフェアに出して関心を持ってもらおうとする座間宮さんと、
明確すぎる立場でもなお、違う立場の人と語り合い、好奇心を引き出そうとするAKOちゃんは好対照の二人。

でも、期せずしてバブル崩壊で就職氷河期を味わった人と、バブル崩壊で仕事を失った人という共通点の中で、ある意味、世の中に希望を感じないのがデフォルトになっている私たち以下の世代の言葉が分かるひとたち。
高度成長を知っていて、あの希望のあった時代を知っている世代とは、ちょっと世界の見え方が違う。
この世代が新たな価値観や動き方を見出していかなくちゃいけないし、いけそうだなという別の意味での希望が見えました。

それにしても、どちらも、いわゆる講演スタイルって、質疑応答とか参加者同士の交流って、いかに少ないかというのも実感。

聞くと頭が活性化されるから、私すぐに質問したり、意見交換したくなっちゃうんだけど、そういうものでもないのね(笑)
質問を自由に出しにくい、というモヤモヤした気持ちを味わったことは、私の場の作り方を今後考える上でもいい勉強になりました。


つながる場所を作る

今日、スタジオでの打ち合わせで、初めての人同士が顔を合わせて一つの企画が進み、

さらに同じ時間に全く別プロジェクトの別リハーサルがあって、
ちょうどみんな顔を合わせたので名刺交換して、
一緒にコーヒー飲んで、一人がカバンから出したクッキーをみんなで食べて、
その後、別々の部屋でそれぞれのリハと打ち合わせが続いて、
なんだか、幸せだなあって思いました。

ここを交差点にしてつながっていく。

X-jamは一生、でっかく稼ぐような事務所にはなれないと思うけれど、
出会える人やその表現そのものは財産だし、彼らが繋がっていって、
そのネットワークがいずれもうちょっと体系化されて、
フリーのアーティストの小さなセーフティネットになればいいなあと思う。
そんなことをできるのはすごく先かもしれないし、
けっこう難しいことも起こりそうだけど、
一人勝ちじゃない方法、形にしたい。

という意味で、いろりばた会議は、その小さな小さな第一歩です。
テーマがどんなものでも、貫かれているのはその気持ち。
なるべく多様な仕事、多様な年齢、多様な立場や個性の人たちが混じって語れる場にしたいなと思います。

次回はちょこっと先ですが、ご興味のある方は、ぜひ!

なんだか昨日はいわゆるしっかりとした「講演・お話会」をはしごしたので、私が目指すものがなんなのか、逆に見えてきたな〜と思います。


いろりばた3回目、無事終了

いろりばた会議3回目、無事に終了しました。

年齢も仕事もバラバラのユニークなメンバーが集まってくれました。

会議初の、夜のおやつタイムもあって(差し入れありがとうございました!)みんなでよくしゃべりました!

ゲストの本田さんにお話いただいたMusic Shareの始まりのきっかけから今の大変な所、課題等がリアルに進行中の話なので、みんなワクワクしたり、自分の企画の事のように考えたり、また自分のやってることに置き換えたり、ととっても話が豊かに広がりました。

終わった後も尽きないおしゃべりを見ながら、やっぱり、立場とかが全く関係ない場で、ものづくりの現場で、今現在動いている人たちが出会うと、こうなれるんだなあ〜と嬉しかったです。

さて、すぐに情報公開しますが、
次回4回目は、歌手大須賀ひできさんに、40年音楽活動を続けてきた秘訣や想いを聞きます。

そして第二回め佐藤亮介さんの回の新聞も出来たので、各地に置きに行きまーす。


いろりばた新聞できました

いろりばた会議は、平日の夜に(今の所)埼玉の端っこ飯能の、さらにバスで行った先の音楽スタジオでひっそりと人数制限ありで開催されているので、
どうしても、来られない方がたくさん。

でも、自分のホームタウンで、ものづくりの現場で、小さく話すことが大事だと思って始めたので、これを大きな規模にしていくことは今の所考えておらず、
でもでも、そうすると素敵なゲストの話や、学びがみんなと共有できないのもさみしいな〜と思って、当初はレポートをweb公開する予定でした。

しかし、スタジオや近隣のお店に置くための新聞をデザイナーに作ってもらったら、
やっぱり紙で読みたいなあ〜、リアルな形で手にとってほしいな〜と思ってしまい、
実物郵送対策!という時代に逆行する方法しかうかばなかった(笑)

というわけで、読みたい方送ります。
詳細は下記のサイトで。
登録とか、ちょっとお手数ですが、お手元に届けられたら嬉しいです。


いろりばた会議Vol.2終了!

いろりばた会議2回目、盛り上がりすぎて、もう時計を見なかった事にして夜中までやろうかと思いましたホント(笑)

偶然に集まるメンバーの素晴らしいこと。
全員繋がって帰ってるし。

デザイナーの話を伺っているのに、
気づいたらまちづくりや、子どもの教育の事に熱くなっていて、
全然ノウハウに行かない。
これはゲストの人柄と、集まった「初めまして」だらけの人たちの素晴らしさ。
佐藤亮介さん、参加者のみなさんありがとうございました。

それはそれとして
前回のゲスト永田純さんのおすすめ本や、私のおすすめ本を集めたいろりばた文庫始めました。
人から勧められた本を買わずにいられない私なので、回を重ねて徐々に増えていくかも。
貸出します。

そして、一回目のアーカイブを、野元綾希子ちゃんが、
ステキな新聞にまとめてくれました。
んー、ホントはweb上でテキストアップしようとおもってたんだけど、この新聞見たら、したくなくなっちゃって、
絶対紙で読んでほしい。
遠くにいて会議に来れない人も手に取れるように、ちょっと方法考えますー
いいアイディアないかなあ。

どこに向かうんでしょうこのX-jam。
でも、面白いと思ったらやればいい!と言ってくれたゲストの言葉を信じて、好きな事を数珠繋ぎにしていこうと思います。


X-jamのいろりばた会議Vol.3「素敵な音楽を地域から世界へ〜全国各地へ広がるインターネット音楽番組MUSIC SHAREのスピリット〜」

X-jamのいろりばた会議とは、埼玉・飯能にあるユニークな音楽スタジオX-jamにて、
「いろりを囲むように少人数でのんびりと、音楽や地域や文化に携わる様々なゲストをお呼びして、語り合う会」です。
主催のX-jam制作プロデューサー城間優子が「今、気になる人」に声をかけてお話を伺います。
みんなが自由に語り、つながるような場づくりを目指しています。
ご興味のある方はどなたでもご参加ください。

X-jamのいろりばた会議Vol.3
「素敵な音楽を地域から世界へ~全国へ広がるMUSIC SHAREのスピリット~」

ゲスト:本田みちよ (ミュージシャン/ MUSIC SHARE代表)
進行: 城間優子(X-jam制作プロデューサー)

一人のミュージシャンである本田みちよさんが、手作りで立ち上げたMUSIC SHAREというインターネット音楽番組があります。
「世界に誇れる日本のミュージシャンを紹介する」というコンセプトのもと、
自分たちがいい!と思ったミュージシャンを世界へ紹介するその小さな取り組みは、2012年から始まって、東京、京都、新潟、千葉で放送中、大阪、下関、福島、福岡、熱海でオープンの準備中で全国に拠点を広げています。各拠点では、その地域での音楽シーンを大事に、現地のミュージシャンを世界へ広げ、また、地域を繋げる役割も果たしています。
小さなメディアが音楽にできること、そして、小さなメディアを私たちも作る事ができること、そんな話を本田さんに伺いながら、もっと自由に、豊かに音楽を広げていくヒントを語り合います。
※ MUSIC SHARE次回放送は2月28日20:00~ 
ゲスト:馬喰町バンド&16歳のウクレレ世界チャンピオンRioさんです!

とびきり明るくて、熱い心をお持ちの本田さん、一度お会いしてすぐに、飯能にお呼びしたいと思ったら、何と去年、飯能の裸足マラソンにご夫婦で出場されていたのだとか!
そんな、音楽とは関係ない話も交えながら、私たちが、自分たちで音楽シーンのムーブメントを作れる(飯能でも裸足マラソンムーブメントを地道に作っている方がいるように)可能性なんかも聞いてみたいなと、思っています。

ゲストプロフィール:本田みちよ ミュージシャン/ MUSIC SHARE代表 http://musicshare.jp
京都出身。10歳より京都市少年合唱団(ソプラノ)で小澤征爾指揮のボストン交響楽団、ウィーン少年合唱団と共演するなど、幼い頃より音楽の基礎を学び、音楽を愛し、歌に親しむ。ボーイソプラノのような透明感のある歌声が定評で作曲もこなす。1997年から2013年6月まで日本のエレクトロポップの先駆者と言われ、イギリスのMIXMAG誌マンスリーチャートで1位を獲得するなどヨーロッパでも高評価を得たOVERROCKETとして活動。現在は、自身の楽曲制作とクライアントワークをしながら、WEB音楽番組「MUSIC SHARE」の代表として制作に情熱を注ぎ、多方面で精力的に活動中。 http://michiyohonda.com


「音楽の続け方を語ろう」高野寛さんの確かな続け方を聞く

時々おじゃまするミュージック・クリエーターズ・エージェントの「みんなの談話室」
1月26日のテーマは「音楽の続け方を語ろう」
ゲストはシンガーソングライターの高野寛さん。

邦楽ポップスを全く通ってこなかった私は、恥ずかしながらほとんど知らなくて、むしろ前知識のない真っ白なままお話を伺うことができました。

といっても、今回は、高野さんが講演のようにお話しするというよりは、
参加者が自己紹介とともに質問をして、それに高野さんが一問一答(いや、一問五答くらいしてくださいました)していくスタイル。
進行はMUSIC SHAREの本田みちよさん。

たくさんの質問が出て、それを全て記録することはできなかったけれど、
どの場でも同じような悩みがあるのだなあ。

例えば、

音楽を続けていくモチベーションが保てない

東京で活動することの意味とは

音楽で食っていけるのか

どうやって続けていけているのか

みんな、ぶちあたる素朴で、切実な悩み。

高野さんの答えは、真剣に考えたり「答えが出ないなあ」などとおっしゃりながらも、とても明快。
それはメジャーレーベルでヒットを出し、その後ヒットを出し続けなければいけない業界の「契約のために音楽を作る」事を自らの選択で辞め、
「小さなライブだけをやる」と決めて全国を弾き語りで回ったという、
ご自身の音楽活動のあり方を自分で決めて歩んできた実感からの言葉だから。
根拠が、絵空事ではなく自分の中にある事の明快さ。

高野さんのお話の中で私がぐっときたのは、
コンプレックスの塊で、いじめもあり、暗かった自分の青春時代に、音楽はすがるような一種の信仰のような存在であったこと。
他の事ができない、音楽しかできないという選択肢のなさが続けてこられた理由でもあること。という部分。

そして、東京に活動拠点を置くことの意味はないし、
音楽専業にこだわる意味もない、
どこにでも音楽シーンはあり、
どんな形でも音楽はその人なりのやりかたで続けていけるのではないか、
という、「ありがち成功モデル幻想」をさらりと超える、本質的な答え。

何よりも、高野さんが音楽を続けていくビジョンの中に

「曲が、いつまでも残ってほしい」

「音楽が時を超える力を信じる」

「ピープルツリーの中で歩んでゆく~自分の好きだったアーティストは、ニッチで少数派だけど、彼らから受けた影響は先の世代にちゃんと伝わっていく~」

ということを語っていたのが本当に印象的で。

「自分を認めてほしい」というスタンスだけでは、むしろ生き残っていけない世界だし、自分よりも音楽そのものの力を信じる事が、音楽を続ける事なのだなと思いました。
音楽そのものの力って、先の世代が連綿と紡いできてくれて、私たちを救ってきてくれたもので、いわば人類の共有財産。
そこに畏怖を感じたり、敬意を払える感性を持っているかどうかって、
実は音楽をやるメンタル上、すごく大きいんじゃないのかな。

なんというか、自分が成功する、食える食えない、プロになるならない、みたいな呪縛から逃れた時に、本当に音楽との旅が始まるような気がしました。
私が見た高野さんは、私たちの少し先を歩く、その自由な旅人でした。

最後に進行役の本田さんが
「バンドや音楽を引退宣言するという意味がわからない」
「やめるとかやめないの選択肢に入らないのが音楽活動なんじゃないか」というようなことをおっしゃっていて、ああまさに、私が最近思っていることで、うれしかったです。

そういうミュージシャンが、そこそこ幸せに、そこそこ豊かに続けられて、そこそこ社会と繋がって生きていけるような世の中が、けっこういい世の中なんじゃないのかなあ。

そういう場を小さくても確かに作っていくのが、歌わない自分の役割だなあと、改めて思うのでした。