舞台に立つ事

“it”
島崎智子 / / インディーズ・メーカー
ISBN : B000YNZ0J4

島崎智子というピアノ弾き語りの舞台、CD発売記念ライブにスタッフとして携わった。
「音楽だけを残したい」と彼女は言ったので、リハーサルのほとんどは、どれだけ余分なものを捨てていくかというその一点に絞られた。

自分をこう見せたい、受け入れて欲しい。楽しませなくてはいけない。

今まで考えて来たそれらは全て、演出によって排除された。
歌い手が少しでも狙うと、音楽は遠くに逃げる。
必死に歌だけを歌った時、音楽はそこにある。
結果、一番余分なものは、「我」だった。そして最後の最後まで排除しきれないものも。

舞台に立つ人の考えや感情や姿勢は、全て、あからさまに客席に伝わるのだということを証明するリハーサルが続いた。

和やかで笑顔は絶えなかったけれど、恐ろしいリハであった。
よくまあそんなしんどい事をあえてやるよなあ、と私なんかは思うけれど、そこにしか彼女が生きる場所がないというのも事実。
音楽をとったら生きていない。
リハを重ねる毎にそれが見えて来た。結局、歌うしかないじゃないか。そう、彼女が開き直った瞬間から、キラキラ音は飛ぶようになってきた。

本番。
ああ、本当に我を捨てて(捨てざるを得ない程追い込んで)舞台に立つ人は、ある瞬間、生身の人間ではないように神々しく見えるのだなあ、と思った。
そのくせ詞はびしびしリアルに飛んできて、胸の深いところに落ちる。
いくつも舞台を見ていても、ごくごくたまにしか見えない瞬間を、今回見る事ができた。
立ち会えてよかった。

「個」をとことん追求した結果、「個性」が消え去り、普遍が生まれると思う。
そこからが舞台。それまでは発表。
「舞台」に立つということは、自分を見せることではない。その瞬間に生きることでしかない。
そのことだけが、誰かの胸を打つ。

多分、それはどの、直接的な意味ではない「舞台」であれ、そうなのだろう。
簡単なことではないけれど、シンプルな事だ。

もちろん、課題はいっぱいある。完全に満足する舞台なんてひとつもない。
だって人生はそういうものでしょう。
でも彼女に言える。終わってみて、少なくとも私に残ったのは、音楽だけだったよ。
そして私も、ちゃんと自分の「舞台」に立ちたい、と思わされた。


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