生身の人と対話しよ
日本が大きく舵を切ったその日、
私は、今年からお付き合いの始まった劇団の人たちと仕事のパートナーと
今度作る舞台の打ち合わせをしていて、
まだなんにもないところから、
とにかくたくさんアイディアをだしあって、呆れる程笑いころげて、
そして政治の話もたくさん話して、
まじめに真剣に語り尽くして、
そんで、その上で、ばかばかしい舞台を創ろうってことをみんなで結論として確認しあった。
生身でしっかり対話をして、思想はしっかり持って、
でもそれを見せない舞台を創ろうっていうこの人たちと出会えてよかったなって思った。
署名をしてもデモをしても投票をしても、正当な方法を駆使しても、
結局今の方向は、不当な方法でばっかり悪くなっていて、
帰ってきてニュースをみてインターネットをみたら
一体何をすればこれは食い止められるのかと、むなしくて泣きたくなってしまったけれど、
愛とユーモアの大切さの分かる次の世代
自分の感性と相手の感性を共に大切にできる世代、
自分の言葉を持って対話の出来る世代を育てることしか、
この時代に抵抗する手段はないんじゃないかと思った。
(これ、こどもだけじゃなく、私たちの世代も、一緒に育って行くということだと思う)
「これで終わりだ」じゃない。
原発も、沖縄も、戦争も、ぜんぶ次がある。つながってる。
今自分が、どんな言葉で、生身の相手と何を話すか。
一時の感情じゃなく、ずっとテーマとしていくこと。
それをしている人の言葉は深くて強い。
そう思ったので、すごいなーと思う人の言葉を借りるのではなく、
自分の学んだこととやったことと感性で、ちゃんと対話をしてゆきたいと改めて思うのでした。
インターネットの中で情報をシェアするだけではなく。(時には中でも、だけど)
というわけで、のーてんき極まりない舞台をこれからつくりまーす。
という宣戦布告。