生きている人のことを語れ

祖母の葬儀に秋田まで行って、その豊かな喪の時間のことを書きましたが、もう一つ感じたのは、「生きている人の話を聞いておかなくては」ということでした。

私たちは、生きている人にはつい無頓着で、いつも会えると思っていて、亡くなってからその偉大さを声高に語ってしまうけれど、生きている人の言葉こそ今聞いておかなくちゃいけないんだ、と感じたのでした。
それはきっと、こうやって十数年ぶりに親族と顔をあわせる機会を作ってくれた祖母の〜いつも人のことを考えている祖母の〜遺言だったのだと思うけど。

そう思ったのは、葬儀までの毎晩、飲んでは語る親戚たちの話の中に、人生はなんたるかのヒントがあふれていたから。特別有名人でもすごい人でもない人たちの真っ当に生きてきた人の言葉は本当に強い。私は祖母の直接の言葉をどれほど聞きこぼしたのだろうと思うけど、代わりに、この葬儀の間にたくさんの言葉を受け止める機会をもらった。

貧しかった東北で、幼い頃から奉公に出て働きに働いて、自分のことは置いておいて兄弟を大学まで行かせ、三人の子供に教育を施した一方で、自分は大人になってから字を勉強し、自分の介護費用まで全て自分でまかなって美しい始末を遂げた祖母の生き様は、本人から直接聞く機会はなかったが、今回周りの人が、何度もなんども繰りかえし語っていた。

その弟である日本舞踊の師範を半世紀以上勤めている伯父が語ったのは、日本の演劇史の一ページともいえるもので、若かりし頃付き人に着いたことのある大俳優が、どれほどスタッフに手厚かったかということ。
常に高所にいて「お二階さん」と呼ばれる照明スタッフたちが、どれほど命をかける仕事をしていたか、彼らにその大俳優がどれほど敬意を払い、心を尽くしたか、それを感じたスタッフたちがどれほど一丸となって作品を支えてくれたかということ。

踊りを振り付ける上での美意識や、芸能をバカにした親戚への怒りによって自分が頑張れたことへの感謝、人の価値観に囚われず、自分が幸せを感じることを大事にしていいのだという確信、自分が芸能によって稼ぐことのできた小さなお金を自分を育ててくれた地域へ還元していくことの喜びなど。

その妻である伯母からは、人には生きがいがないとつまらないのだということ。
長年続けたお茶のお稽古を、膝を悪くしてから通うのをやめた彼女は、師匠にどれほど「お茶だけ飲みにくればいいのよ」と言ってもらっても、自分が上手になることを追求せずにお茶とお菓子だけいただいておしゃべりしても何にも面白くないのだということを切々と語った。だから「成長したい」という欲求はいくつになっても人の生きがいなのだと。

秋田から出て暮らしたことのない叔父は、「秋田弁」と一括りにされることを嫌い、同じ秋田でもどれほど豊かな方言と文化の違いがあるかを教えてくれた。日本語では伝えられないニュアンスが、土地の風土と密接に関わりあうことも。だからこそ、それは「秋田弁」じゃなくて「秋田ことば」なのだということ。

私より若くて、子どもの頃は典型的な「悪ガキ」だったいとこたちは、しっかり家庭を持ち、この葬儀を通して自分の子どもたちに「全部よく見て勉強せえよ」と言っていた。SNSとも無縁で、地味な仕事を真面目にこなし、老人には優しく手を添え、私たち外から来る親族に言葉少なく丁寧にもてなしてくれて、いつも先回りして車を回したり準備をしてくれたりする。そのことを何も厭わない、誇示しない謙虚さ

生きているなんでもない人たちのすごさを、死んでから絶賛するのは傲慢だと思う。今話を聞いて、今残して、その度に感謝を伝えなくては。そんな自分のやるべきことを最後に教えてくれた祖母は、今ちょっと道に迷い込んだ私に、ちゃんと道しるべを残した。

父が亡くなった時、沖縄で手助けしてくれた人が「人は死を通して大事な人にメッセージを伝えるのだ」と言っていた。

「生きている人の言葉をちゃんとお前の言葉で残せ」

祖母は、確かに最後に私にそう言ったと思う。
私は、生きている人、出会えた人の言葉や行いを、ちゃんと残しておきたい。


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