死を受容するシステム〜田舎のお葬式フルコース〜

秋田の祖母が96歳で大往生して、十数年ぶりに秋田へ行った。
物心ついてから首都圏の集合住宅で育ち、宗教とは無縁で、田舎のご近所づきあいとも無縁な私。
誰かの葬儀に出席することはあっても、宗派のことはおろか、お焼香の仕方も前の人を盗み見し、立ち居振る舞いに一つも自信と確信を持てない私。
人の死に直面する機会は少なく、40代にもなって、専用の喪服も持っていない私。

そんな私が、田舎のお葬式のフルコースに参加して、感じたこと、うけとったもの。
(記録なので、葬儀一連の描写が長く、具体的です。事が事なので写真はありませんが、辛い方はお読みにならない方がいいと思います)

まさか納棺から立ち会うとは

祖母が亡くなった知らせを受けて翌日朝早く埼玉を発つ。
葬祭場に着くと、和室に布団に寝かせられている祖母と焼香台の前で、祖母の息子であり母の弟である叔父二人と、その妻であるおばさんたちは、おしゃべりをしている。
大往生であること、施設生活と長い持病との戦いから解放されたこと、ようやく祖父の元に行けることもあってか、穏やかな空気。

布団に寝ているご遺体の前で、普通に食べたり飲んだり笑ったりしてる。
死者がそこにいるのに、普通すぎる

言われるままに焼香をすませ、言われるままにお顔を拝見し、「お腹すいたでしょ?おにぎり握ってきたから食べなさい」と言われるままにおにぎりをいただく。
その横で叔父たちは葬式の段取りをしたり、遺影を選んだり、弔問客にどうもどうもと挨拶をしたり。

弔問の方はほとんど近所の方々で、祖母の顔に遠慮なく触れながら涙ぐんで話しかけ、お茶を飲んで叔父たちと思い出を語り、淡々と帰っていく。
その間に、親族やら孫やらひ孫やらが集まり始め、しばらくするとお坊さんが到着。お経を読んで、その場に居合わせた人みんなで順繰りに焼香。

読経が終わると、納棺師がやってきて、一通り一般的な説明をしたあと、体を拭き、いわゆる死装束を着せ、足袋を履かせ草履を履かせ、六文銭(イラストね)と米と小豆を持たせ、最後のお化粧をする。
正直段取り通りな納棺師だったが、最後のお化粧にかかると、徐々に真剣味を帯び、色味を慎重に選び丁寧に化粧を施していく。
最後に「こんな感じのお化粧でいいでしょうか」と尋ねるときだけ、思いやりにあふれた秋田方言になっていてぐっときた。すかさず女性陣がずいずいと前に出て、唇の色やらなにやら確認をして、「あー綺麗だ、こんな化粧できなかったものね、よかったね」などと口々に言い合った後、男性陣が集まって棺桶にいれる。
さすがに最近は「額の三角」は棺桶に入れるだけになったり、棺桶への釘打ちはなくなっているという説明を聞きながら、納棺の儀は終了。この時点ですでに夕方。

その後、身内はそこで泊まって行くらしい。(前日も兄弟は泊まっているのだそうだが)部屋自体も遺族が泊まる前提の作りで、風呂から布団から台所から全部揃っている。
叔父や母は近所でお酒やご飯やつまみを買い出し、ゆるゆると酒盛りを始める。
私はさすがに孫なので宿泊は遠慮したが、なんだか初めてのことだらけでびっくり。
ちょっと前までは自宅でこれらを行なっていたらしいが、さすがに自宅で看取れることも少なくなり、他にも様々な事情があるようで、最近はこのスタイルが多いそう。

火葬が先

翌朝は朝9時から昨日のお坊さんがお経をあげに来てくれる。引き続き、連絡を受けたらしい弔問客がちらほら。葬儀に出られないからと顔を見に来る方も。
また親戚一同があつまって、お茶を飲みながらしゃべっているうちに出棺の時間になり、男性陣が棺桶を持って車へと運ぶ。居合わせた親族一同が、今度はみんなでぞろぞろ火葬場へ移動。葬儀より前に火葬なのね。これが火葬事情によるのか、普通のことなのかは聞きそびれましたが。

火葬場へも、親族だけでなくご近所さんたちが集まる。ここでもまた先ほどのお坊さんが再度来て読経。火葬中は控え室で茶菓子やおにぎりや煮物を振舞ってすごす。
火葬が終わると、残ってくださった方々でじゅんぐりにお骨を拾う。ここの火葬場の人たちはかなり事務的だった。この日は火葬がひっきりなしに入っていて、何の余裕もないみたい。それでも集まった人たちは、最後の最後の骨まで拾おうと頑張る。

遺影とお骨の一式を持って、今度は朝とは別の葬儀場へ移動。
そこにはすでに立派な祭壇がしつらえてあって、お骨をそこに収めると、今度はまた夕方から同じお坊さんがいらして戒名をいただき、読経、そしてお話。残った方々で焼香。これはほぼ親族のみ。
祖母は地元のお寺で熱心に活動していたため、お坊さんもよく祖母のことを知っている。親身になって思い出話をしてくれて何とも言えない気持ち。今まで出席してきたお葬式とは、お坊さんとの距離感が全然違う

御逮夜(おたいや)という初めて聞く儀式

要は、呼ばれた方々(基本今回は親族のみ)でお食事すること。祭壇の隣の部屋で、折詰をいただき、お酒を酌み交わす。思い出話をゆっくりしましょうというお坊さんの言葉通り、たくさんの思い出が語られる。お坊さんも一家のことをよくしっているので、リラックスしてお酒を飲みながら一緒におしゃべり。
「ここの家はことある毎に本当によく飲むからなあ」というお坊さんの言葉にみんな大笑い。

喪主の叔父も、納骨をいつにしたらいいかとか、祖父の法事と合わせてもいいのかとか、あれこれお坊さんに相談し、お坊さんも宗教観と実情を両方鑑みてアドバイスをくれる。こうやって家のことをよく知っている人が相談に乗ってくれる。気持ちを汲んでくれる。宗教というスパイスがあることで、叔父達よりだいぶ若いお坊さんをみんな心から頼っている。こういうシステム、実はとっても大事なんじゃないかと思う。

御逮夜が終わると、今夜は叔父宅に。残った折詰を持ち帰って当然、そこでも酒盛り。とにかく、ずっと集まって喋ってるわけね。

葬儀と法要はいわゆる公な行事

翌日午前中からの葬儀は、一般のお葬式とほとんど変わらなかったが、新聞の死亡欄を見て訪ねてくる方が多いのは、地方ならではかもしれない。不思議だったのは、親族だけが、襟に白い晒しを垂らすこと。葬儀社が用意してきたけれど、実は叔父叔母も知らなかったらしいので、いわれは謎。葬儀社の人に聞いてみればよかったな。

ここでは同じお坊さんが、もう一人若いお坊さんを連れて正装で登場。後で聞くと、本当に熱心にお寺に通った祖母のための最大級の敬意を表した装束だったらしい。
ここまでこのお坊さんは何度お経を読んでくださったことか、初めて会う私ですら、感謝でいっぱいになる。

南無阿弥陀仏を唱えるお経は、ゆったりとしたものからリズミカルなものまで、音楽的で美しくて、とてもおおらかな感じがした。聞いていると力が抜けてくるというか眠くなってくるというか、悲しくなくなるというか、その感じは回を追うごとに強くなってきて、祖母がそのお経に魂を委ねているような、こちらも安心できるような感じがした。

葬儀が終わって一般のお客さんを送り出した後は、また、近しい身内だけで読経と焼香。ここでまたやるのか、とびっくり。

その後祭壇の隣の部屋で前日と同じように法要の食事。ここはもう豪華絢爛な料理で、親族だけではなく、親しかった人たちが呼ばれ一同に会する。お坊さんたちも再び同席。けれど、前日の御逮夜に比べるとこれは公の行事。喪主たちはお酒を注いで回るのに忙しい。お坊さんたちも口をつけた後は折り詰めにして早々に帰る。

会を締めた後は、再び叔父の宅で、だらだらお茶を飲み、子供達が遊ぶ様子を見て笑いながら、葬儀の感想を口々に語り合う。
故人の人柄は、この一連の葬儀に本当に表れるのだなというのが、みんな一緒の感想。ちょうどいい人数、穏やかな空気、笑い声がたくさんの法要。
「なんも心配しなくていい、悲しまなくていい」という祖母の声がみんなに届いていると感じた。

故人を囲んでずっと一緒にいる時間の豊かさ

それにしても、故人を囲んで親族がこれだけずっと一緒にいてだらだら食べて語って、何度もお経をあげてもらって焼香を繰り返していると、その儀式ごとに、だんだんあの世が近くなってくる

死に慣れない私たち現代人にとって、あの世はとてつもなく遠い世界に思えるのだが、どうやらそうでもないらしい。この世とあの世をつなぐ役割にお坊さんがいて、この世の悲しみも、ちょっと違う次元から昇華してくれる。これが死を受け入れる昔ながらのシステムなのか、と思った。それは、残されたものへの救いになる。宗教というのはこういうものだったのか、と初めて感じた。

もちろん葬儀には段取りがたくさんあって、そんなことをしていると遺族は悲しむ暇がないというのも本当なのだが、忙しさ以上に、こうやって人が集まってしゃべってお経をあげてもらってという、一つ一つはゆっくりと流れる一連の行事が、心を癒すステップになっているのだと気づく。そして弔いの行事はこの後も7日単位で繰り返され、年月を経て人の死を受け入れる段階になっている。

そして、個人の命が個人だけのものではなく、継いでいくもの、血縁関係に限らず、その思いや生き方は受け継がれていくものだということも感じた。
そんな風に思える葬式フルコースは、都会の簡易バージョンにはない、豊かな喪の過ごし方だった。

かといって、私がそれを自分の家族に同じことができるかといったら全く自信はない。無宗教で地域の関わりもそれほどなく育った私には、この豊かさは出せないだろう。それでもこういう見送りが体験できたことは、私の体と心に刻み込まれたように思う。
実に面倒で、手間がかかり、関わりの多いシステムだけれど、全てを合理化すればいいわけではない。不条理でも非合理的でも、それが人の心を支えたり救ったりするのだということも、忘れずにいたい。


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